顎関節症・ブラキシズム
顎関節症とは
顎関節の位置は耳の穴から前方に約13ミリの位置にあります。
この部分に指を当ててお口の開け閉めを行うと顎の関節(下顎頭)が動くことが分かると思います。
決して珍しい病気でなく昔からある病気です。
「ピーナッツやスルメなど硬いものをいつもより食べ過ぎた」など、日常生活のちょっとした出来事でも引き起こしてしまうことある病気です。
何らかの原因やストレスによって耳の前にある顎関節や下あごを動かす筋肉(咀嚼筋)に負担が持続的にかかってしまうと、食べ物を噛むとき顎関節や咀嚼筋に痛みを感じる、口の開け閉めをするときに顎関節から「カクカク、ゴリゴリ」という音がする、口が大きく開かなくなる等の症状が現れます。
そしてこれらの症状があるにも関わらず、似たような症状がでる病気(関節リュウマチや外傷性関節炎等)がないと判断された場合を、顎関節症といいます。
顎関節症の多くは日常生活で著しい障害が生じるような病気ではありません。
「常時症状が再発する可能性はあります」しかし「際限なくどんどん悪化するする疾患ではなく、いずれ症状は消失していく」ということです。
診察や検査を受けて、歯科医師による治療と自己管理(セルフ・ケア)によって、快方に向かうことが知られています。
顎関節症の症状
代表的な症状は次の1~3ですが、その他以外に4~6の症状もあります。
- 口の開け閉めや食べ物を食べるときの顎関節あるいは咀嚼筋の痛みがある。
- あごを動かす時に音がする。
口を開けると「カクン、カクン」という音がします。 - 口があまり大きく開くことができない、開きづらくなる。
あごを動かすことにより痛みが出る為に、無意識のうちに顎の周囲の筋肉もあごを動かさないように押さえてしまい、口が開きにくくなります。 - 急に噛み合わせが変わった。
実際には噛み合わせは変わっていないのですが、痛みを避けるため、通常の噛み合わせとは異なる所で噛むようになります。
そのためどちらか一方の顎関節やその周りの筋肉が痛む時には脳に伝わる感覚が変わり、「噛み合わせが変わった」と感じることもあります。 - 口が閉じない
- その他
頭痛、首や肩の痛みやこり、耳の症状(耳の痛み、耳鳴り、難聴、めまい、耳が詰まった感じ)、舌の痛み、味覚の異常、眼の疲れ、口の乾燥
顎関節症の原因
数十年前までは「歯並びが良くないためによる噛み合わせの悪さ」が原因とされ、矯正や被せものが入れて歯並びを治す治療がおこなわれてきたこともありました。
いまでも顎関節症の発症メカニズムはまだ不明な点が多いのですが、これといったひとつの原因で引き起こされるのではなく日常生活を含めたさまざまな要因(寄与因子と呼ばれています)がいくつも積み重なり、やがてその方の耐性(耐久力、または適応能力)を超えた場合に顎関節症の症状が現われると考えられています。
1、解剖要因
顎関節や顎の筋肉の構造的弱さ
2、咬合要因
不良な噛み合わせ関係
3、精神的要因
精神的緊張の持続、不安な気持ちの持続、気分の落ち込み感覚の持続
4、外傷要因
かみちがい、打撲、転倒、交通外傷
5、行動要因
- 日常的な習癖
歯列接触癖(TCH)、頬杖、受話器の肩ばさみ、携帯電話やスマホの長時間操作、下顎を前方に突き出す癖、爪かみ、筆記具かみ、うつぶせ読書 - 食事
硬固物咀嚼、ガムかみ、片側でのかみ癖 - 睡眠
歯ぎしり、睡眠不足、高い枕や固い枕の使用、就寝時の姿勢(うつぶせ寝)、手枕や腕枕 - スポーツ
コンタクトスポーツ、球技スポーツ、ウインタースポーツ、スキューバーダイビング - 音楽
楽器演奏(特に吹奏楽器)、歌唱(声楽、カラオケ)、発声練習(演劇等) - 社会生活
緊張が持続する仕事、コンピューター作業、精密作業、重量物運搬、人間関係での緊張
テーマパーク8020より引用
TCH(歯牙接触癖)とは
上記の寄与因子の中でも、TCHは近年発見された非常に重要な寄与因子です。
通常、私たちは上下の唇をゆっくりと閉じた場合1ミリ~3ミリ程度の隙間があり、上下の歯は接触しないような体の構造になっています。(この隙間は安静位空隙といいます。)
しかし顎関節症の患者様の6~8割の方はお口を閉じている時でも歯を噛んでいるという癖を持っていることが判っています。
就寝時は除き、日中上下の歯の接触時間は平均で17.5分程度のであるといわれています。
ところがさまざまなストレスが加わり、仕事や家事の最中に、自ら気がつかないような弱い力であっても上下の歯が接触している状態が継続されると咀嚼筋に刺激が加わり持続的な負担をかけることにより、顎関節症を引き起こしやすくわかってきました。
これをTCH(歯牙接触癖)と呼ばれています。
診療室でいろいろな患者様に伺ってみると、「上下の歯は四六時中いつも接触している」と思っておられる方が多くいらっしゃいます。患者さんがこの癖に気づき治していくと、多くの患者さんの顎関節症の症状が改善することが明らかになりました。
そこで顎関節症の患者さんに、このTCHが確認できたら先ずTCHを治すべきであるということになりました。
顎関節症の種類
1、咀嚼筋痛障害(Ⅰ型)
口の開け閉めや食べ物を噛むときに下あごを動かす筋肉(咀嚼筋)に障害が起こっている状態です。
2、顎関節痛障害(Ⅱ型)
顎関節を包んでいる組織や靱帯に障害が起こっている状態です。
3、顎関節円板障害(Ⅲ型)
顎運動時に顎関節部に雑音(クリック音)が生じます。
歯科医院に来院される患者様の3/4がこのタイプで、関節円板の位置がずれたり、変形がある為にお口を開けたり閉じたりする時に「カクン、カクン」という音が出たりその変形が大きくなると口が途中までしか開かなくなります。
顎関節の中にある関節円板というクッションが正常な位置からずれてしまっている状態です。
4、変形性顎関節症(Ⅳ型)
顎関節を構成している骨が変形してしまっている状態です。
顎関節に対して強い負担が何度も繰り返されたり、または長時間持続された結果顎関節を作っている骨の表面が吸収をおこし、さらにはその周囲に新たな骨が形成されることでエックス線写真では顎関節が変形した形状で映し出されます。
そこで「変形性顎関節症」または「顎関節の骨関節症」と呼ばれます。
顎関節症の治療方法の分類
1、可逆的で侵襲が少ない治療方法
a)物理医学療法
理学療法、ホーム・ケア、セルフ・ケア、スプリント
b)行動医学療法
2、可逆的で比較的侵襲が少ない治療法
c)薬物療法
d)非開放性関節外科療法(関節腔穿刺)
3、不可逆的で侵襲が大きい治療法
e)開放性関節手術
d)咬合治療
前述した通り顎関節症の原因がはっきりしていないため、治療方法は
- 歯を削り噛み合わせを調整する
- 被せものをいれて、歯並びをなおす
など、不可逆的な方法(元に戻すことができない方法)をなるべく避けて、まずは可逆的で(元に戻せる)侵襲が少ない方法を優先していきます
物理医学療法と行動医学療法は顎関節症の緩和や再発防止に非常に有効で、顎関節症治療の第一選択としてすべての患者様に対して行います。
物理療法
1、温熱療法
a.温湿布
熱により血流を増加し、蓄積された有害物質を洗い流し新鮮な栄養物質を供給します。
b.超音波
熱により、筋や顎関節周囲の組織を選択的に温めます
2、TENS(経皮的電気神経刺激)
疼痛をコントロールする装置です。
3、マッサージ
筋の疼痛と緊張を緩和します
4、スプリント療法
スプリント療法とは噛みしめた時の顎関節や咀嚼筋への負担を軽減させる方法です。
運動療法
1、下顎科可動化療法(モビリゼーション)
- 医師が行うもの
- 患者さん自身が行うもの
a.片手で行う方法
b.両手で行う方法
c.補助器具を用いる方法
2、スプレイ・アンド・ストレッチ
収縮した筋肉を伸展します。
3、関節と筋のエクササイズ
- 等張性エクサササイズ
筋性の開口障害・外科療法後のリハビリテーションに用います。 - 等尺性エクササイズ
咀嚼筋の筋力増強・筋の運動能力の働きを助けます。
行動化学療法
1、認知行動療法
- 日中のかみしめ
- 姿勢
2、ストレスの管理
3、精神科的療法
具体的なセルフ・ケア
A、同じ姿勢を続けない
- 時々休息を取り、ストレッチをする
- 顎を安静にする
- 唇を閉じて上下の歯を離して、顔の筋肉の力を抜く
- 姿勢に注意する
B、顎を突き出さない
- 猫背にならない
- タオルをあてがう
C、口を大きく開けない、固いものを噛まない、長く噛まない
- 食べ物は一口で食べられる大きさに切って、口を大きく開けることを避けてください
- パンの皮の固いところや生野菜、肉など固い物、長く噛まなければならないものは避けてください
- チューインガムは噛まないでください
以上の顎関節症のセルフ・ケアの注意事項は、忘れないように時計や台所など、よく目に入る場所に貼っておくとよいでしょう。
歯ぎしり(ブラキシズム)とは
あまり聞き慣れない方もいらっしゃるかもしれませんが、上下の歯を睡眠時や覚醒時を問わず、歯をすりあわせたり、噛みしめたりする状態を表しています。
寝ているときに起きる場合を睡眠時ブラキシズム、また目覚めているときに起きる場合を覚醒時ブラキシズムと呼ばれます。
睡眠時ブラキシズムは中枢性に原因があって生じる睡眠障害の一種ですが、覚醒時ブラキシズムは「癖」と考えられています。
睡眠時ブラキシズムは覚醒時ブラキシズムより比べて最大で5~6倍の力でくいしばりや噛みしめを行いますが、その時間は短いです。
逆に覚醒時ブラキシズムはわずかな力であっても、その持続時間がすごく長いため、「気がついたら上下の歯がくっついていた」という状態になっていることは咀嚼筋への影響力は睡眠時よりも大きいと考えられています。
また顎の動き方で次の3つに分類されます。
歯ぎしり型(グランディングタイプ)
上下の歯を全体で左右にギリギリこすり合わせるタイプです。その結果全体の歯がすり減ってきます。
主に夜間、就寝時に行っていることが多いようです。
歯ぎしり型(グランディングタイプ)
無意識のうちに噛みしめてしまうタイプです。
日中、夜間にかかわらず現れます。ほとんど音はなりません。
きしませ型(ナッシングタイプ)
歯ぎしり型とは異なり上下の歯を全体ではなく、ある決まった一定の場所でいわゆるキリキリとこすり合わせるタイプです。
主に犬歯やその付近の歯に限局し歯の先端がスパッとすり減っています。
ほとんど夜間に起こります。大きな音が鳴ることが多いです。
ブラキシズムの影響
1、歯の変化
歯がすり減る(咬耗)
歯は毎日食事で使用していますので、年齢が重なるほどすり減りは徐々に大きくなります。
しかし歯ぎしりをしている方は非常に強い力が歯に加わる為に、歯のすり減り方は異常に速く、歯の長さは極端に短くなり、最終的には歯の神経まで達して、根管治療を行うことになる場合も有ります。
歯がしみる
歯が割れる
奥歯が噛めないので、被せ物を外すと2か所亀裂が確認できました。
(青い矢印) 神経のない歯だけでなく、このように神経がある歯でも割れることがあります。
被せものや詰め物がはずれる
歯の付け根がへこむ
ブラキシズムにより、歯に対して異常な噛む力が加わると、歯の根元にその力が集中し、歯質の表面がナイフでそぎ落としたように一層剥がれ落ちます。
元来歯の根元は歯の神経に近い所なので、そこの部分は冷たいものにしみやすくなります。
これが知覚過敏です。
歯の根元は硬いエナメル質ではなく、柔らかいセメント質なため、強いブラッシング圧が加わると、さらにすり減ってきます。
そのまま放置しておくと、歯垢が沈着しやすくなり、虫歯に罹患する可能性が高くなります。
2、歯周組織(歯肉や歯ぐき)の変化
歯槽骨の吸収
歯の動揺
上顎隆起 下顎隆起
噛む力が強い人は上顎では口蓋の真ん中にできます。(上顎隆起)
下顎では左右犬歯から小臼歯部にかけて顎の内側にできます。(下顎隆起)
噛む力の作用で骨が盛り上がってきます。悪いものではありませんが、あまりに大きくなると入れ歯の装着が困難になる場合があります。
そのような場合には、そこの部分を除去する場合もあります。
3、体のその他の器官への影響
- 顎関節症(痛み 開口障害 関節音)
- 頭痛
- 肩こり
- 口の周りから首筋にかけて筋肉の痛み
ブラキシズムへの対応
1、自分にはブラキシズムが有ることを認識しましょう
患者様に「普段噛みしめていることはありませんか?」にお尋ねすると殆どの患者様は「していない。」「わからない。」とお答えされます。
「歯がすり減っている」
「上下の顎の一部分が膨らんでいる」
「顎のエラが張っている」
「詰め物がよく取れる」
など
鏡を見ながら歯科医院で一緒にお口の中をチェックし、認識しましょう。
歯を長持ちさせるためには、「予防」と「力のコントロール」の二つが重要です。歯科医院では噛み合わせの調整を行いますが、これだけでは限界があり四六時中歯に過度な力が加わると、
「自分の歯が欠けたり、割れます。」
「歯を支えている顎の骨が溶けて歯周病になり、歯が抜ける可能性があります。」
「セラミックの歯が欠けたり、割れます。」
「入れ歯が折れます。」
「プラスチックの歯がすぐにすり減り、金属がみえて見た目が悪くなります。」
「顎の痛み、開口障害が生じやすくなります。」
「インプラント周囲炎になる可能性があります。」
など
さまざまなリスクを抱えていますので、セルフ・ケアの大切さを是非ご理解ください。
2、意識を変えて、日常の行動を見直す
人間は非常に強い力で噛み続けることは2分程度ですが、仕事中や趣味に集中していると、無意識に何時間でも自分では気がつかない程の弱い力で噛みしめている場合があります。
これはTCH(歯牙接触癖)と呼ばれています。
患者様の中には「歯は常にぶつかっているもの」だと思っている方もいられますが、歯は食事中以外に上下の歯が接触しないことが基本です。時間的には一日約17.5分です。それ以外では歯は離れていることが大切です。
とはいえ実際にはなかなか難しい面も有るとは思いますが、まずは認識すること第1歩となります。
3、食事での注意
極端に硬い食べ物が好きな方は注意が必要です。
スルメ、フランスパン、ビーフジャーキーなどは頻繁に食べることは避けた方がいいでしょう。
4、就寝時での注意
高い枕は、噛みしめやすいので避けた方がいいでしょう。またできるだけ体に緊張がないような体勢で休むようにしましょう。
横向き等あごに力が入る体勢には注意しましょう。
5、その他
頬づえをつくあるいは、ひじをつく癖がある方は注意が必要です。